今日は私の父親の命日。13年前、3日が76歳のお誕生日で、翌日に亡くなった。
めあちゃんといっしょにしたら、じいちゃん苦笑いしそうだけど
めあちゃんと同じで、もうがんばらなくていいよって気持ちだった。
最初に癌になったのは63歳の時。
退院してきたと思ったら、スペインに行ったり、オーストラリアに行ったり、
何やら、楽しげに旅行していたっけ。
そして、うちのマンションに遊びにきた時に、道路の向こう側にできた、
新しい棟のモデルルームをサンダルつっかけて見に行ったと思ったら・・買ってきちゃった(@_@;)
ひぇ~~~、そんな、いきなり、なんてこったい!
すぐそばに、両親が引っ越してくるってことは、いずれ運転免許が必要になると、
コナンママたちに脅されて、いやいや教習所通い・・・となったわけです。
最初の発病から6年後に再発。またまた根性で退院。
そのころはさすがに、遠くは体力に自信が無かったらしく、シンガポール、ハワイ・・
ばあちゃんは外国はいやだと言って、ハワイ以外はみんなお留守番だった。
さらに6年後の再発の時は、もう覚悟をしたのか、いろいろな名義変更を、
いつのまにか自分でしてきていた。
貯金のこと、はんこのこと、いろいろの手続きのこと、すべてを私に説明してから入院した。
半年近い入院の後、12月に無理やり退院させられたような感じだった。
後から思うに、もう長くはないから、自宅に一回帰らせてあげたいって先生は考えたんじゃないかな。
半月後に、自宅近くの病院へお願いして、入院させてもらった。
とにかく、痛みをやわらげて欲しい、それだけをお願いした。
クリスマスの日、病院でキャンドルサービスがあった。
「おかあさんにプレゼントするもの、なんにもないや・・・」
なんて、がらにもなくかわいいことを、おばあちゃんに言ってたっけ。
考えてみると、人間って、いざとなるとすごいよね。
ベットがあいていないと断られたのに、婦長さんに直談判して、何とか入院させてもらったり
御茶ノ水まで、このわたしが運転して迎えに行ったり・・・今じゃ、とてもできないよ。おぉ~怖っ!
とにかく、なんだか明るく元気で楽しげな、の~てんきな癌患者だったよ。